[メモ] 「あなたの夢は何ですか?」を聞きまくる

人々の夢や生きがい

最近、自分が熱烈に情熱注ぎたいものを欠いていた。人々がどういった夢をもち、なぜそれを夢とするに至ったか聞いてみたいと思った。様々な人に「あなたの夢は何ですか」と尋ね、それを写真に撮らせてもらってたくさん並べたサイトを作りたいと思った。ちっぽけな夢ではなく、大きな夢。バカみたいでもいい。日々の通勤で見かける朝顔が今日もキレイに咲いているのを確認することが生きがいとか、鉄道が遠くまで伸びていくのを見るのが生きがいとか、最愛の人の幸せそうな様子を見るのが生きがいとか、世界征服に向けて動くことが生きがいとか。

少し調べてみたら、見つかった。
若者夢スナップ | あなたの夢は何ですか?埼玉県内の学生・20代若者の夢を紹介

でも若者に限らなくても僕はいいと思うのだ。退職したおじいちゃんだって夢や生きがいがないと毎日が色褪せるのは同じだ。将来に向かって可能性が閉じていると感じる人の日々は暗い。

神谷美恵子を読んだ

神谷美恵子の「生きがいについて」を読むと、生きがいを喪失した人は、別の何かを生きがいの対象として見つけることで、人生を生き生きするようになると書いてある。好奇心旺盛で何でも楽しめる人ほど、生きがいを見つけやすいというわけだ。例えば、スポーツ選手になりたかったが体を壊してしまい、絶望の淵に立たされていたが、趣味で続けていた絵に打ち込むようになったという場合だ。生きがいというものは、自分に内在する価値基準の座標軸から自然と見えてくるものであり、誰でもその価値基準は持っているし、なければ社会生活を営めない。しかし、自分でそれを意識したり言語化することは容易ではない。

人々の夢は参考にならなかった

自分の周りの人々に夢や生きがいなど聞いてみた。「幸せな家庭を築くこと」、「物理学の最先端の技術を社会に応用すること」などと返ってきた。あまり共感できなかった。彼らもどうしてそれを目指しているのか上手に言葉にできない様子だった。

同じ物事でも人によって反応が、捉え方が、動く感情が異なる。そこは感受性の乏しさ、豊かさ、どういった物事に心が揺さぶられるかは個人によって異なる。それは、個々人が持つ価値基準だ。その価値基準で評価されれば共感するし、されなければ特に何かを感じることはない。となると、日々の生活の幅を広げ、自分がどこで強く感情が高ぶるかといったことに注意しているしかないのだろうか。自分の生活の中でしか、見聞きしたものの中でしか、やりたいこと、生きがい、夢などは見つからない。そのため生活を広げていかないといけない。

コメント