変化し続けるという価値観

誰でも価値基準を持っているが言語化できない

どういうわけか、どこで影響を受けたのか、どこで築き上げたのか、誰しも価値観はあるもの。価値観がなければ、何一つの選択をすることもできない。例えば、昼にギョウザを食べるかおにぎりにするか。仕事のために休みの日をサクリファイスするか。どのお誘いを承諾するかなど。どの人間も気づかぬうちに価値基準をつくり上げる。これは神谷恵美子も主著『生きがいについて』で書いていた。ただし個々の場合について選択することはできても、「あなたはどのような価値基準ですか」と聞かれると、答えらない。言語化が容易ではない。

価値基準を探るワークショップ

先日、自分の価値観を知るワークショップに参加した。60枚以上の単語カードが与えられ、その中から、直感で5枚を選んだ。カードには、

知性
協力
信頼
友人
給料
挑戦
新規性
安定
知識

といった抽象的な言葉が書かれていた。まず、20枚を選んだが、そこからなかなか減らない。似たような単語は削ぎ落とすようにして、ようやく10枚を選んだ。そこから吟味しながら5枚を選んだ。優先度の高い順に

変化
知性
革新
面白さ
影響力

となった。当初、挑戦や教養、新規性といった単語が選ばれるかと思っていたが、ついにいずれも残らなかった。

変化


変化(metamorphosis)はとても大事だ。自分自身は変化し続けないといけない。イギリスでは「動きまわってるのは落ち着きがない子どものようだ」と言い、アメリカでは「同じ所にいると苔が生える」と言うなどと聞いたことがある。イギリスの方は微妙に記憶が間違っているかもしれない。僕はアメリカに寄っているらしい。なぜ大事なのか。3つ挙げた。

環境の変化に取り残されない

まず、周囲の環境は常に変化しているからだ。その中で自分だけ変わらずにいると、取り残される。年を取れば取るほど凝り固まった価値観に囚われやすいが、そうなると柔軟さを失う。例えば、新たなデバイスが登場したとき、それに慣れ親しむのも周囲の変化を受け入れていることの一つだ。変化することを恐れず、積極的に変化を受け入れて、環境を飼いならしていくべきだ。。「物事は起こるべきタイミングで起こる」という批判もあるが、それは常に何も意味しない。「全て起きたことは起きるべきことだった」と言うときと同じぐらい何も意味しないトートロジーだ。

自分の成長を早める

小さいころ、こう思った。もし今の精神年齢が80歳だったら、自分が80歳になったころは仙人のようなものの考えをしていることだろう、と。価値観の新陳代謝を早め、自己の成長を促すために、先人の書物をよく読むようにした。自己の成長とは、世界のあり方だ。世界の見え方が変貌したとき、自己の成長を感じた。もし、一年後に学ぶ考えがあるのなら、それは今日にでも学んだ方がいい。人生は選択の連続であり、どの選択が正解か決してわからない。しかし、常にそのとき選ぶのは最高の選択肢を選ぶようにするべきで、多くを知っていれば知っているほど、よりよい選択ができるはずだと思っていた。今でも、基本的な考えは変わっていない。ところで、変わっていないと書くと、変化というポリシーに矛盾しているようだ。「変化というポリシーを持ち続けている」という無変化状態はパラドキシカルだ。

現状に満足しない自尊心を持つこと

現状に甘んじないことが大事だからだ。自尊心を高く持たないといけない。アメリカドラマの"Dr.House"では次の描写があった。ハウスの部下、フォアマンが瀕死の病から生還した。その九死に一生をきっかけに「毎日、生きているだけで幸せだ。」と言い始めた時、ハウスは「自尊心を高く持て」と言って、彼を外した。現状に満足してはいけない。甘んじながら、積極的に環境も自分も変化させていかなければならない。現状に満足していないと、成長が止まる。かといって毎日が不満だらけになってもいけない。毎日を全力で生きてることに満足しつつも、現状には満足しないようにしたい。映画『羊たちの沈黙』では、現状を変えたい殺人鬼が蛾 (moth) を好んでいた。幼虫から成虫へ変態する蛾は変化の象徴だ。私達は、永遠と終わらない梯子を登らなければならない。


などと一気呵成に書き上げた。まだまだ、世界の認識の変化や、認識と行為、知行合一など、思い浮かぶことは山のようにあってまとまらない。

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