書評: ケヴィン・ケリー(2014). 『テクニウム - テクノロジーはどこへ向かうのか? 』 - THE REVIEW of "WHAT TECHNOLOGY WANTS"


テクニウム (WHAT TECHNOLOGY WANTS) の書評



テクノロジーを理解するため、宇宙の誕生や爆破事件などを織り交ぜ、テクノロジーの活動空間であるテクニウムの中でテクノロジーを捉えようとしている。テクニウムは、自己組織的で、人類の制御を超えて、前時代の自分自身を糧に加速度的に発展していく空間だ。




問題提起

テクノロジーとは何なのか。テクノロジーは我々をよくしているのか。テクノロジーはどこへ向かっているのか。そういった問題に対して考えるために、本書を紐解いた

GoogleのCEOは次のように言っていた。
私たちはテクノロジー楽観主義者だ。テクノロジーには世界をもっと良い場所にする力があると支持ている。("How Google Works", P.330, 2014)
その書評はこちらに書いた。

対照的に、ニコラス・G・カーは『ネット・バカ』で次のように言っていた。原書から引用。
“The Net’s interactivity gives us powerful new tools for finding information, expressing ourselves, and conversing with others. It also turns us into lab rats constantly pressing levers to get tiny pellets of social or intellectual nourishment.” 
― Nicholas Carr, The Shallows: What the Internet is Doing to Our Brains

その本では、「紙の本では深く読み、じっくり考えていたが、ウェブの登場は、スクロールとハイパーリンクに忙しく、表層的な読み方しかできないように人間を作り変えた」と言っていた。書評はこちら

果たして、テクノロジーというのは、何なのだろうか。

テクノロジー

古生物学者 Niles Eldredge によるコルネットの系統樹

アメリカの動物学者、中世の武具の専門家Bashford Deanによるヘルメットの系統樹

そもそもテクノロジーとは何か。フランシス・ベーコンの挙げた羅針盤、活版印刷、方位磁針をはじめ、インターネット、車輪もテクノロジーだろう。もっと遡れば、農業、酪農、火の使用もテクノロジーと呼べるだろう。それらは全て、5万年前にサピエンスが突然変異して言語を獲得したことに起因している。

もっと大局的に見ることもできる。全てのものは原子から構成されていて、それらは全て、宇宙誕生の瞬間に生まれたものだ。ビッグバンが起きたころは、全てが乱雑だったが、徐々に秩序と複雑さを持つようになった。クォークから電子、そして原子が生まれ、真核生物が生まれ、有性生殖が始まるなど。エントロピー増大の法則に逆らって自然の光景を作り上げる、エクソトロピー (exotropy) という力がある。それは自己組織化を行う。秩序の増加とも言える。

テクノロジーが支配的なのは、それが人間の知性に由来するのではなく、銀河や生命を存在させる自己組織化に起源を持つからだ。

テクノロジーはビッグバンのときに始まった非対称な弧の一部であり、磁化gな経つにつれてますます抽象的かつ非物質的になっている。(P.83)

 そして、テクノロジーは人を作り変える。火の発明は、摂食の範囲を広げたが、加熱で壊れやすいビタミンDの欠乏によりくる病が発生した。体毛が薄くなり、道具を使うようになったのも同様の共進化だ。

テクニウム

テクニウムというのは、テクノロジーを生態として捉えたときの活動空間のことだ。
われわれの道具や機械やアイデアのシステムが進化するある段階で、フィードバック・ループや複雑な相互作用が密になりすぎて、自立性が生み出された。(P.19)

テクノロジーが加速度的に、前時代のテクノロジーを踏襲して拡大していく自律的な空間のことをテクニウムと呼んでいる。

例えば、ハンマーはノコギリを作った。電話回線はインターネットを開いた。科学論文もそうだ。先行文献をあたって、そこに積み上げるテクノロジーは別個に存在しているのではなく、

それに対して、このような反対意見もあるかもしれない。「テクノロジーは、ニュートンやエジソンといった一部の天才によって主にもたらされてきた。発明家は先行文献を読まない」と。そのように見えるが、不思議なことに、どの発明も同時期に複数の人間が発明しているのだ。アインシュタインの相対性理論にしたって、ローレンツが。電話のベルにしたって、フィリップ・ライスが先だ。

テクノロジー決定論

本書はユナ・ボマーの意見に賛同する部分がある。ユナボマーとは、山にこもって爆破事件を起こした学者カンジンスキーの呼称だ。

Theodore John Kaczynski(1942-)
カリフォルニア大学の元助教授であり数学を講じていた。頭脳にきわめて優れていたが、性格もきわめて内向的であったために次第に社会から遠ざかり、70年代頃から山中の小屋にこもり、爆弾を作っては送りつける(16回)という生活を送る。その結果、三名の人命が奪われ、多数の負傷者を出した。
1995年に科学文明に参戦する声明文を発表して、その筆跡が原因で弟にFBIに通報されて、翌年逮捕。現在も終身刑として服役中である。
"UnaBomber"とは"University(大学)""Airline(航空会社)"を狙ったことからFBIが命名した名である。 - はてなキーワード 

彼は、人の制御を超えたテクノロジーが人間を支配するようになりつつあることに気づいていた。彼は、山小屋にこもってテクノロジーを関わりのない生活を始めた。完全な自給自足の生活を送っていたわけではなく、市街地へ買い出しに行くこともあった(文明と断絶した生活は送れなかった点で筆者はテクノロジー廃止は不可能だと言及する)。

たしかに、人はテクノロジーに支配されつつある。人はテクノロジーが生み出すものが善か悪かも発明時点ではわからないし、テクノロジーの行く末を決定することはできない。また、テクノロジーのない生活に戻ることはできない。

テクノロジーは何を望むのか


テクノロジーは、人々の可能性を増やそうとしている。差異化し、複雑化し、多様化したがり、一般性から専門性に移行する。

例えば、チェンバロのない時代にバッハが生まれたら、彼は作曲家になっていただろうか。カメラができる前にヒッチコックが生まれていたら、彼は映画監督にならずに何をしていただろうか。女性が主婦になる以外に選択肢のない国もたくさんある。それらは、我々にとって、文明にとって重大な損失だ。

テクノロジーに関わるということは、宇宙の誕生以来、外に向かって放射状に拡がるテクニウムの最先端に参加するということだ。人々の可能性を広げるためにこそ、我々はテクノロジーを推し進めないといけない。テクノロジーが望むことは、人々の可能性を増やすことだ。






感想

本書は、テクノロジーを宇宙の生成から現在にいたるまでの、大規模な活動圏の中で捉えたことに意義がある。テクニウムの中で自己発展するテクノロジーという描写は、我々のテクノロジーに対する理解をもっとよいものにするだろう。

ただ、曖昧で主観的な部分も多いのは残念。例えば、「テクノロジーは戦争兵器といった悪い面もあれば、人道支援のいい面もある。全体としてみれば、いい方が1%だけ多いと思う。」などと書かれてある。資料も多いのだが、そういったエッセイのような部分がところどころある。


参考文献





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