書評: ショーペンハウアー(1979)『自殺について 他四篇』, 斎藤信治訳, 岩波書店


1851年にショーペンハウアーによってArthur Schopenhauerによって書かれた補遺だ。



 本書は100頁ほどの文庫であり、「自殺について」は9頁しかない。全部で次のような順に収録されている。

  • 我々の真実の本質は死によって破壊せられえないものであるという教説によせて
  • 現存在の虚無性に関する教説によせる補遺
  • 世界の苦悩に関する教説によせる補遺
  • 自殺について
  • 生きんとする意志の肯定と否定に関する教説によせる補遺

 本書は、ショーペンハウアーの主著『意志と表象としての世界』の理解がないと読みづらい。なぜなら、彼の書物は、主著と、それ以外は全て注釈のようなものだからだ。例えば、「この点に関する解明としては、『意志と表象としての世界』の第二巻、二七三ページ(第三版では三一◯ページ)を参照せられたい。」(P.18)。このようにして、主著への言及が多い。特に、「意志」、「表象」といった頻繁に登場するキーワードの理解は大事だ。

 また、翻訳調であるから、日本語が読みにくい。関係代名詞のせいか、とても長い修飾句や、どことどこがつながっているのか読んでいてわからなくなる。

自殺を犯罪とする僧侶を批判

 「自殺について」は、次のように始まる。
私の知っている限り、自殺を犯罪と考えているのは、一神教の即ちユダヤ系の宗教の信者達だけである。ところが旧約聖書にも新約聖書にも、自殺に関する何らの禁令も、否それを決定的に避妊するような何らの言葉さえも見出されないのであるから、いよいよもってこれは奇怪である。(P.73)
さらに、次のように言って、自分の生命についての権利は自分にあるのは当然だと言う。
一体誰にしても自分自身の身体と生命に関してほど争う余地のない権利(レヒト)をもっているものはこの世にほかに何もないということは明白ではないか(一二一 説、参照。(P.73)
そして、僧侶たちに、論拠を提示しろと言い、また自殺を禁じる法律を滑稽だと言う(PP74-75)。
 ここまで読むと、筆者が自殺を肯定しているかとも思うが、そういうわけではない。

筆者は自殺に反対

「自殺について」の中で、筆者は、自殺を犯罪とする僧侶を強く批判している。そのような根拠は聖書の中にはないという。一方で、筆者は自殺をすすめたりはしない。

――自殺に反対せられうべき唯一の適切な倫理的根拠を、私は私の主著の第一巻、第六九説のなかに述べておいた。その根拠はこうである、――自殺はこの悲哀の世界からの真実の救済の代わりに、単なる仮象的な救済を差出すことによって、最高の倫理的目標への到達に反抗することになりうるものであるということ。(P.78)

そして、このような根拠と、キリスト教の僧侶が自殺を犯罪とすることは、甚だ隔たっているとする。

 疑問点

また、疑問だが、次の文の「あの方」とは誰のことなのだろう。筆者は、
一神教の宗教の僧侶どもが、聖書によってもまた適切アン論拠によっても支持されていないにも拘らず、あんなにも並はずれて活潑な熱心さをもって自殺を排撃しているのには、何かしらその底に隠された理由がひそんでいるに違いないように思われる。その理由というのは、自発的に生命を放棄するなどとは、「すべて甚だ善し」と宣うたあの方に対してあまりに失礼な、というようなことではあるまいか。(P.79)
この文も、正直、私にはよくわからない。なぜ自殺を排撃するか、それは自殺を甚だ善しと言う人に失礼だからだ。これでは、何を言っているのかよくわからない。

 もう一つ、翻譯の疑問がある。本書中では「現存在」という言葉が使われる。それも、「人間」と明らかな区別をして使われる。現存在という言葉は、M.ハイデガーのキーワードだ。ハイデガーが初出かと思っていた。果たして、ショーペンハウアーが"Dasein"(現存在)という単語を本書中で既に用いていたのだろうか。これは、原書を紐解かないとわからない。

他の補遺

他の補遺には、次のようなことが書いてある。というより、理解できた部分を挙げると次のようなものだ。本書で理解できた部分は、理解できなかった部分より少ない。

  • 動物は苦痛への感受性が低いが、人間の場合は苦痛の感度が高いので、人生がより苦痛だ。
  • 人生は苦痛でいっぱいなので、最後に救いの死が用意されている。



悲観的な名言

 ショーペンハウアーの書物は、以前に「読書について」を読みさしたのみであった。それゆえ、本書中で展開される彼の厭世主義には驚かされた。

未だかつて、現在のなかで、自分は本当に幸福だと感じた人間は一人もいなかった。――もしいたとしたら、多分酔っ払ってでもいたのだろう。(P.45)

世界はまさしく地獄にほかならない。そして人間は一方ではそのなかでさいなまれている亡者であり、他方では地獄の鬼である。――(P.62)

他の人による解説

また、本書があまりによくわからなかったので、こちらを理解の一助とさせていただいた。本書を読み終わったときは、筆者が自殺を肯定しているのかと思ったが、こちらのおかげで、そのような誤解が解けた。



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