書評: 太宰治(2003)『斜陽』, 新潮社

 2015年8月31日(月) セルビアのベオグラードでお昼を食べながら読み終わりました。




 本書は170ページほどの短い本編に注釈や解説がついたものです。「斜陽族」という言葉のもとにもなりました。本書には様々な解説や感想がありますが、ここには自分の感じたものや見出したものを書きました。

 全体を通して下り坂で暗澹とした作品でした。主人公たちは、自らの滅び行く運命にどうにもできず、沈んでいきます。しばし、「暗さの中に美しさがある」と形容される作品ですが、太宰はその崩壊を惨たらしさや汚さを感じさせることなく描写させているかもしれません。

読んでほしい人

皆に読んでもらいたいものだが、特に、一度得た幸せや地位や輝きを失った人は手に取るべきだ。

生活能力

本書中、生活能力のなさや経済的な困窮には迫り来るものがありました。例えば、切羽詰まったかず子が東京に上京したときの場面です。その頃のかず子は生活のあても、頼みのよすがもなく、所持している着物を売ってどうにか今日を生きるような生活をしていました。上京したかず子が、おかみさんにうどんをご馳走になったときです。
「おうどんの湯気に顔をつっ込み、するするとおうどんを啜すすって、私は、いまこそ生きている事の侘わびしさの、極限を味わっているような気がした。
とあるのですが、この表現が狂おしい。太宰治の叙情な表現はとても痛切に迫り来るのです。自分も極貧のとき、人からご馳走してもらいました。あのとき感じた人の喜びや感動、生き抜く厳しさや辛さを思い出しました。また、自殺した兄の遺書中には、次のような記述がありました。

僕は、死んだほうがいいんです。僕には、所謂、生活能力が無いんです。お金の事で、人と争う力が無いんです。僕は、人にたかる事さえ出来ないんです。上原さんと遊んでも、僕のぶんのお勘定は、いつも僕が払って来ました。上原さんは、それを貴族のケチくさいプライドだと言って、とてもいやがっていましたが、しかし、僕は、プライドで支払うのではなくて、上原さんのお仕事で得たお金で、僕がつまらなく飲み食いして、女を抱くなど、おそろしくて、とても出来ないのです。上原さんのお仕事を尊敬しているから、と簡単に言い切ってしまっても、ウソで、僕にも本当は、はっきりわかっていないんです。ただ、ひとのごちそうになるのが、そらおそろしいんです。殊ことにも、そのひとご自身の腕一本で得たお金で、ごちそうになるのは、つらくて、心苦しくて、たまらないんです。

これが斜陽の貴族なのだと思った。貴族であったことのプライドが邪魔して、人にお願いすることやお世話になることができない。そのプライドを固守したまま、自殺を遂げてしまった。もし、つまらないプライドを失い、路傍の乞食や物乞いや、女のヒモのように大変化を遂げることができたら、生きながらえたのかもしれない。
 自分も昔は人にご馳走する方が得意で、無理してでも、気付かれないようにそう振る舞わないといけないような気がしていました。貧しくなるにつれ、そのような価値観は崩壊し、人にお世話になることが増えました。そのときの転換は、容易なものではありませんでした。自分のつまらないプライドを捨て、自分を変えることを願い続けた果てに、生き方の根本的な価値観や土台をひっくり返すことが漸くできた次第です。



中間者としての没落貴族

次の一節に、没落貴族である兄がリンボー (天国と地獄の間) に墜ちたことを読み取りました。兄はもはや貴族ではなく、かといって努力しても田舎者にもなれず、マージナル (中間) 者になってしまった。どの階層にも属することができない。もはやエイリアンのようなものだ。貴族のハビトゥスを嫌い、粗野で貧乏な田舎者のコミュニティに馴染もうとしていた兄は、田舎者の画家に
「へえ?それが貴族気質というものなのかね、いやらしい。」
などと罵られてしまう (写真)。 痛切だ。彼はこの世に自分を受け入れてくれる共同体をなくしてしまったのだ。
 このようなことは、逆に成り上った者にも言えるだろう。どん底の生活から、刻苦勉励によって、官吏、重役や出生などを成し遂げた人は貴族ではない。彼は、、決別した下の社会にも、最初から恵まれていた人たちとも親和することができない。社会学のブルデューが言うには、共同体には、その構成員に共同体独特の行動様式を身につける心的メカニズムのようなものがある。それがハビトゥスと呼ばれ、上流階級には上流階級の振る舞い方、所作、言葉遣い、文化、作法などがある。中流階級、下流階級もしかり。これは階級だけでなく、オタク、学者、科学者のコミュニティなどにも言えることだ。上辺だけのとってつけたような学識、教養、階級などと、生まれ持った環境や育ちによって身についたハビトゥスとは違うものだ。
 これは、大正・昭和の教養主義を思い出すものだ。竹内洋(2003)『教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化』, 中央公論新社という新書がある。その本はそこらの軽薄短小な本と異なり、中身が詰まりすぎていて、読み解くのが大変なものだった。その本には、簡単に言えば、当時の教養主義者の実態は、武士的・農村的な田舎者が勤勉に励み教養を身に付けることで、エリート感を装っていたに過ぎないとある。そして、彼らはどんなに勉強しようと、真のブルジョワ階級からは忌み嫌われるのだ。本書中には、次のような記述もある。
都市ブルジョア文化の中に育った石原にとって、知識人文化である教養主義の奥底にある刻苦勉励的心性は相容れない。
まとめはこちらが詳しい: park22.wakwak.com/~nauitashika/saikinbun/kyoyoboturaku.html


人が新たなハビトゥスを身につけたり、共同体や社会に馴染むことは、容易ではないのだ。俳優は様々な映画で全く違う人間を演じるが、現実にはそのようにはいかない。人は場面に応じて簡単に自己を切り替えられるものではない。


太宰治の文は暗く悲しく美しい。救いがない。こんな文章ばかり書いて闘っていたら、それは疲弊してしまうものだろう。

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