書評: サン=テグジュペリ『星の王子さま』 Antoine de Saint-Exupery(1943)《Le Petit Prince》

星の王子さま

本書からは、サン=テグジュペリの人間愛が感じられる。本作は、人がいかにして友情を築き上げ、相手を喪失した悲しみを乗り越えていくのかを物語る、出会いと別れの壮大な小説なのだ。

http://www.math.polytechnique.fr/~tringali/documents/st_exupery_le_petit_prince.pdf
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ Antoine de Saint-Exupery 大久保ゆう訳 あのときの王子くん LE PETIT PRINCE




大人になって再読するべき本

Et il revint vers le renard :
– Adieu, dit-il…

– Adieu, dit le renard. Voici mon secret. Il est très simple : on ne voit bien qu’avec le cœur. L’essentiel est invisible pour les yeux.

– L’essentiel est invisible pour les yeux, répéta le petit prince, afin de se souvenir.

– C’est le temps que tu as perdu pour ta rose qui fait ta rose si importante.

– C’est le temps que j’ai perdu pour ma rose… fit le petit prince, afin de se souvenir.

– Les hommes ont oublié cette vérité, dit le renard. Mais tu ne dois pas l’oublier. Tu deviens responsable pour toujours de ce que tu as apprivoisé. Tu es responsable de ta rose…

- Je suis responsable de ma rose… répéta le petit prince, afin de se souvenir.(P.83)

Le plus important est invisible… (P.89)

-Ce qu est important, ça ne se voit pas... (P.98) 
これは、かつて子どもだった大人に向けて書かれた本だ。
星の王子さまは難しい。哲学的な絵本だ。しかも、この本は年月を経てから再読すると、全く違う作品になる。もちろん、本書がブランデーのように熟成されるのではない。こちらが年月を経てそれだけ大人になってしまったのだ。自分が今まで出会った人、自分のもとを去っていった人を思い出させられる不思議な本だ。


上記に引用した原文は、どのようにして誰かが特別な存在になるのかについての王子とキツネの有名な会話だ。キツネは次のようなことを言っている (引用外も含む)。

「なつけるということは、他のものと違うものにするということ。それは、絆を作ること。絆を作るには、辛抱強く、毎日少しずつ、一緒の時間を過ごさないといけない。言葉は要らない。共に過ごすための時間が失われていくほど、一緒に過ごしたその人は自分にとってかけがえのない相手になっていく。本質は目に見えない。」

絆とはともに過ごした時間が作るということ。これは子どもには理解するのが難しいだろう。本作が「かつて子どもだった大人へ」という言葉が冒頭に添えられる理由がわかる。人が何かに愛着を抱くのは、どういうことなのか。なぜ、誰でもよくないのか。何でも買えるという人でも、なぜ市場で友達を買えないのか。ここで述べられていることは、キツネが言うように、とても簡単 (Il est très simple)。でも、よく忘れられてることだ (C’est une chose trop oubliée)。

背景にある二次大戦

また、調べているうち、二次大戦が関わっているという解釈があると知った。Wikipediaによると、本書のエピソードの背景は、例えば、3本のバオバブで覆われて破滅した星は、日独伊に適切な対処をせず二次大戦を引き起こした国際社会。王子を大使に任命する (Ne pars pas, je te fais ministre ! P.45)王様は、サン=テグジュペリを文化大使に指名したフランス・ヴィシー政府。また、細かいことに厳しい「しごとにんげん」が言う501622731 (原書P.52) は、二次大戦を引き起こした人の数だ。これについて触れてある塚崎幹夫『星の王子さまの世界〜読み方くらべへの招待』(中公新書)はいつか読んでみるべき一冊だ。


バオバブの木(引用: バオバブ(Adansonia)の播種(種まき)から栽培(育て方) - Pantha's Labyrinth)


明かりつけの星

ところで、明かりつけは何だったのか。王子さまが様々な星をとびまわった中で、明かりつけの星があった。明かりつけは、朝になると灯りを消し、夜になると灯りをつける。しかし、その星は自転がだんだん早くなっている。明かりつけは、律儀にも、数分おきに灯りを点けたり消したりする。王子は、彼を何とかしてやりたいが、どうにもしてやれない。他のエピソードは、アル中の星や、仕事中毒の星など、わかりやすいものだったが、この実直な明かりつけのいる星は、少し難しい。些事に追われていると、あっという間に老いてしまうと言いたいのだろうか。

責任とは何かを返すことか

大久保氏による訳は、原文を尊重したとても上手な訳で、原書とともに読み進めるのがとても容易であった。日本に日本語訳をおいてきた自分は、とても一人では原書を読めなかったので、非常に助かる助け舟だった。感謝したい。

大久保氏の訳で、感心と疑問を同時にいだいた箇所がある。

Mais tu ne dois pas l’oublier. Tu deviens responsable pour toujours de ce que tu as apprivoisé. Tu es responsable de ta rose….(P.83)
「でも、きみはわすれちゃいけない。きみは、じぶんのなつけたものに、いつでもなにかをかえさなくちゃいけない。きみは、きみのバラに、なにかをかえすんだ……」

おそらく、子どもでも読める本にするため、難しい「責任」という言葉に訳さず、言い換えたのだろう。果たして、「何かを返す」というのは、「責任」なのだろうか。むろん、訳文では、その点の研究に踏み込むわけにはいかない。大久保氏も、悩んだ挙句の答えだったのだろう。 responsableという言葉は数回登場するので、そのたびに原文から離れていると感じてしまった。

王子は、バラが心配で、バラがかけがえがなくて、バラを大事にしたくて、バラを自分を必要としていることを知っていて、バラがどんなに弱くて脆いかも知っている。だからこそ、ひとり寂しくしているバラのもとに行かない。王子は、自分の星にいるバラと長い時間を過ごしたことで、そのバラがかけがえのない大事なバラになった。そのような文脈で生まれた絆に対して生まれた心情や義務感を「責任」と呼んでいるのであって、これがただちに「何かを返すこと」だとは言えない。

私見だが、ここはそのまま「責任」と訳してよかったのではないかと思う。かりに責任を知らない子どもが読んでも、困らない。むしろいいことだ。なぜなら、子どもはこの文脈を通じて、絆をもった相手、社交した相手、一緒に多くの時間を過ごした相手、仲を深めた相手に果たすべき「責任」というものが見えてくるからだ。これは別の言葉に置き換えるのが難しい言葉だ。置き換えようとすると先に述べたような長い説明を伴うことになる。だからこそ、「責任」という言葉でいいのだ。

「あのときの」王子くん

また、大久保氏はタイトルを「あのときの王子くん」とした。原題は《Le Petit Prince 》 (英: The Little Prince) だ。日本語にすれば、「その小さな王子」となる。内藤濯氏による「星の王子さま」というこなれた訳語は、印象的だが、原文のニュアンスと異なる。大久保氏が「あのときの王子くん」と訳した理由を、訳文の最後に付しているが、読んで納得した。本書は、前編を通して「どれでもいいもののなかから、どれか一つがかけがえのないもになるプロセス」が書かれている。そして、本書の「ぼく」にとって、六年前の砂漠で時間をともにした、あのときの王子さまがかけがえのない友だちだ。だから、タイトルはUn Petit Prince (どこのどれでもいいけど、小さな王子) にはならない。定冠詞のleは大事であり、日本語には訳しづらいが、意識して訳すべきだと大久保氏は言う。この意見を読み、私もようやく Le Petit Prince というタイトルと本書のメッセージがわかった。

Good Will Hunting

本書を読んでいて思い出した映画がある。邦題『グッド・ウィル・ハンティング』だ。主題が非常に似ている。


マット・デイモン主演、脚本の1997年の映画だ。この映画では、数学も法律も美術もわかる天才が、何の目的もなく、ただ無為に時間を過ごしていたのだが、だんだん自分が大事にすべきものを見つけていく。この広い世界で、自分にとってのかけがえのないものを見出していく姿は、Le Petit Prince と重なる部分がある。





コメント

人気の投稿