イスラエル旅行1-2日目 - テルアビブ2015年10月30日-31日 - Tel Aviv




イスラエルのテルアビブとエルサレムへ行ってきました。行く前は治安がとても心配だったけど、観光地は問題ありませんでした。

2015年10月30日(金) 昼過ぎ テルアビブ空港着 日没から安息日が始まった
2015年10月31日(土) 日没に安息日終わり。電車でエルサレムへ向かった。
2015年11月1日(日) エルサレムを観光した。
2015年11月2日(月) 朝からテルアビブ空港へ移動した。

旅行中につけていた家計簿を帰宅後に紛失したので、どれも値段が不明。
次記事は3-4日目のエルサレム旅行



10月30日

朝、ジュネーヴ空港ですでにユダヤ教徒を見かけた。わくわくする。

テルアビブ空港にて。新生銀行のキャッシュカードが空港で使えず、券売機では手持ちの楽天カードが機能せず、途方にくれていたら隣の親切なおばさんがTel Aviv Centerまでの切符を買ってくれた。本当はその手前の駅にあるホテルを予約していたのけど、それが正しいか心配だったので、念のため黙っておいた。

電車内で降りる駅をたずねた。駅に着いてから、ホステルに向かって歩いた。スーパーに入るのにもカバンの中身をチェックしていた。人の多いところはテロの標的になる。


全く読めないヘブライ語。

店の外に品物を並べてる。モロッコもそうだった。モロッコ旅行記はこちら

こっそりつまんだクルミがおいしかった。

ホステルは無事見つかった。Bar Kayma Hostel。 ヴィーガンの朝食込みで20EURぐらいだった。

街を散策。

ざくろジュース。100円ほど。





このジェラート屋さんで働く二人の女の子、どちらも日本語が堪能だった。アニメやまんがで勉強しているらしい。店のオーナーも、初めて日本語を話すところを見たらしく驚いていた。あとで遊ぼうということになり、連絡先を交換した。しかし二度と会うことはなかった。





適当なレストランを見つけたので入った。Hummusのお店だった。


Wikipedia によると
フンムスあるいはフムス、ハマスは、ゆでたヒヨコマメに、ニンニク、練り胡麻、オリーブオイル、レモン汁などを加えてすりつぶし、塩で調味したペースト状の料理。 英語でハモス
とのこと。700円ほどだった。初めて見て、初めて食べた。わりとおいしい。このときだけベジタリアンになった。
安息日に入るので5時頃には片付けが始まった。





金曜日の日没から土曜日の日没まで安息日。一部のお店をのぞいて閉まる。バスも電車も止まる。一部のタクシーが動いていた。ちなみに、エルサレムだと、もう徹底的に閉まるらしい。

犬の散歩ぐらいしか見かけない。

ホステルのレストランで食べた。


エルサレムのワイン。

外を散歩しながら、何となく興味をそそられて台湾料理のお店に入った。

ココナッツを使ったスープ。800円ほどだったか。本郷のあたりで入ったタイ料理のお店を思い出す味だった。

ヨーグルト屋さん。

大人気らしい。ナッツやフルーツなどトッピングした。おいしい。でも高い。1000円近い。そういえばスペインもヨーグルト屋が人気だった。



イスラエル新シェケルは30倍すると日本円になる。日本と物価あまり変わらない。

卵が6個で14*30=420円。高い。フランスだと10個で1ユーロ(130円)だったのだけど。


10月31日
朝をむかえた。寝る前は、ホステルで数学の博士と話した。ポーランドからエルサレムの群論学会に来ていたらしい。人間の言葉は常に可算集合だが、それでどうやって実数のような不加算集合を扱っているのかについて話してきたと言っていた。他にも政治、歴史や哲学など話題が多岐にわたった。

コーヒーがフリーで置いてある。

ホステルの一階。イスラエルで避妊具を目にするとは。

死海の塩だ。
料金込みのの朝ごはんが出てきた。パン、アーモンドのチーズ、タルティーニュ、野菜など。完全菜食主義のヴィーガン向けだ。ビュッフェと聞いていたので、期待していた豪華さとは違った。

この日はテルアビブを少し観光した。

一日600円ほどでレンタル自転車を使える。30分超過ごとに、6NISほどかかった気がする。Old TownやJaffa portの方へ向かった。




時計台

何に並んでいるのかと聞いたら、「靴のバーゲンよ。だからおじさんおばさんばかりでしょ笑」と、並んでいるおばさん。
ほんとだ、靴だ。

魚やカニを売ってた。

この未知を進み、丘の上まで行ってみた。





丘の上から。

中国人っぽい人がカニ買ってた。生きてるカニにビビってた。

よくわからない演奏。



旧市街を見終えたので、世界遺産に登録されているらしいハ・メディナ地区へ行ってみた。白い建物が並ぶ計画都市で、別名、白亜の都市と呼ばれてるらしい。












30分位内に自転車を返却しないので、いったん返却した。自転車は、10分待たないと新しく借りることができない。その間にアイスクリーム食べた。


テルアビブは11月に入るのに25度の暑さ。一方のエルサレムは、標高が高いため、寒い。

海水浴で賑わっていた。

旧市街から40分ぐらい自転車を漕ぐと白亜の都市、ハ・メディナに着いた。これは広場。


これが世界遺産・・・?薄灰色に汚れた近代的な建物が並ぶばかりだった。


ショッピングセンターに入るゲートでも荷物検査。

白亜の都市があまり退屈だったので、ホステル近くに戻った。昨日知り合った日本語話すゲラート屋の店員と、安息日が終わると会うということになっていた。

安息日でお店があいておらず、退屈していた。あいている餃子屋を見つけたので入ってみた。

一個6NIS8180円)。高い。三個頼んでみた。箸でつかむと、ボロボロにくずれる、ぶよぶよの皮。全くおいしくない。店員は「おいしいかい?ぼくたちの街には世界の料理があるんだ。これはうちらが作ってるんだよ。みんなアジア料理が好きだからね。」と言っていた。何とも返事ができなかった。

旧市街 Old Jaffaに戻って夕陽を見に行った









店員は、会う予定の時間になると、「もうエルサレムにいくの?まだテルアビブにいる?」などと返事をよこすばかり。全然話が進まないので、エルサレムへ向かった。

約20NISだった。




辺鄙なところの駅に着いてしまった。ホテルへ向かうため、人に聞いてバスに乗った。

何度目かに道を聞いた相手が、親切な兄妹だった。ロシア出身で、エルサレムに15年間住んでいると話していた。なので、ロシア語、英語、ヒンディー語を話すらしい。ホテルまで一緒に来てくれた。チェックインをすませ、兄妹に手頃なレストランまで案内してもらった。安息日が終わったばかりの土曜日のうえ、夜も遅かったので、あいているお店が全然なかった。

妹の方は、今は軍隊にいると言っていた。イスラエルは全国民に徴兵制がある。軍隊の様子を写真で見せてもらったが、楽しそうだった。兄の方は、勉強のために徴兵を延期させてもらっているとのこと。電気電子を学んでいると話していた。


フムスを見つけて、入った。メニューに"Hummus24"とあったが、聞いてみると24H営業ではなく、24NISとの意味だった。あと、イスラエルにはシュニッツェルもある。シュニッツェルはウィーンの定番料理で、ポークカツレツだ。ウィーン旅行はこちらに記した。ユダヤ教では豚肉が禁止されているためか、鶏肉になっていた。

フムスを食べていたら、近くにイスラエル人がやって来て、話しかけてきた。なんと、日本語だった。向かいのバーで飲んでいて、日本人だと思って声をかけたとのこと。12月に日本人と結婚すると話していた。

バーに入った。コントラバスを奏でるのは16歳、デンマーク出身。
ヘブライ大学で社会学をやっているイスラエル人、その妻になる予定の日本人と飲んだ。
昨年の夏頃は大変だったらしい。曰く、「毎朝のようにサイレンが鳴り、ガザからミサイルが来た。ミサイルは全て迎撃するので問題ないが、一応みんな形式的に避難する。彼はそのころ、家でパーティーし、警察が二度やって来て(警察が三回来ると捕まる)、こちらのバーに移動し、朝6時に帰って寝る生活だった。しかし、サイレンはいつも七時ごろ。全然寝れなかった。イスラエルは、ずっと我慢して迎撃していたが、ついに怒ってガザに向かってミサイルを飛ばした。ガザは、市民に避難命令を出さず、市民に死傷者が出た。この戦略的な事実を口実に、イスラエルを非難した。」


ショット。ハーブがきいてる。きつかった。
シャクシュカ。イスラエルの料理。トマトピューレに、パプリカ、オニオン、卵を入れただけっぽい。
ビールもやまほど飲んでお腹いっぱいになった。夜中の二時頃、ホテル(後述)に向かった。



ホテルのWiFI

ホテルからの眺め。

泊まったホテルはPalatin Hotel Jerusalemという三ツ星ホテル。一泊277.22(8680円)ほどした。三ツ星と値段のわりには、写真のとおり、がっかりするほど普通だった。


シャワーもせまいし。


イスラエル旅行3-4日目に続く。まさか、大金を騙し取られるとは。

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