ポーランド、リトアニア旅行2日目 ヴィルニュス Dec. 4-6

ヴィリニュス旧市街の町並み。

2015年

12月4日 早朝ジュネーブ発った。朝11時ごろワルシャワ着。ショパン博物館へ。夜行バスでリトアニアへ。
12月5日 早朝、リトアニアのヴィリニュス到着。旧市街を観光。夜行バスでワルシャワに戻った。
12月6日 早朝、ワルシャワ着。電車でクラクフへ。少し観光した後アウシュビッツへ。夕方、ワルシャワへ発ち、空港泊。
12月7日 早朝の飛行機でジュネーブへ戻った。

1日目 ワルシャワ
2日目 ヴィルニュス
3日目 クラクフ、アウシュビッツ

4日深夜、夜行バスでワルシャワからリトアニアの首都ヴィルニュスに向かった。当初の計画では、ヴィルニュス経由でベラルーシを旅行するつもりだった。ベラルーシに入国するにはビザが必要 (ビザが必要なのはベラルーシと) で、ワルシャワにあるベラルーシ大使館で通過ビザを取得するつもりだったが、ワルシャワで迷子になったので諦めた。結果的には、ヴィリニュスに行ってよかった。

 バスは22pm-7amの約9時間だった。ポーランドとリトアニアは一時間の時差があるので、到着時のぼくの時計は6amを指していた。

駅の売店で朝ごはん買った。Wi-Fiもつながった。この日の帰りのワルシャワ行きのチケットも購入できた。14.4ユーロだった。クラクフ行きのバスはないとのこと。

とりあえず旧市街への行き方を調べる。

 英語の通じない人ばかりだが、2番トラムに乗れと言われた。後でわかったが、バス・ターミナルと旧市街は徒歩ですぐだった。



外が寒すぎるので、トラムにしばらく乗っていたら、旧市街のはずれにある聖ペテロ・パウロ教会に着いた。閉まってて入れなかった。

トラムに乗って戻っていたら、切符の検閲が行われた。とりあえず降りてウロウロしていたら、観光案内所の標識を見つけたので向かった。






 迷いながらも広場に出た。観光案内所はこの裏のホールと隣接していた。観光案内所で地図をもらった。

地図を参考に、いくつかの観光名所をまわることにした。どれもヴィルニュスは小さいので、歩いて回れるとのことだった。
 
ふだんフランスのcarrefourで買い物するのだが、そこで見つけたDžiugasの熟成ハードチーズはおいしかった。しかし、そのときはリトアニアがどこにあるかもわからなかったし、まさか足を運ぶとも思ってなかった。この日、お店を見つけてDžiugasのある国にやって来たことに気付かされた。




夜明けの門。


横の扉から中に入れる。中は教会になっている。

シャッター音が静かな祈りを邪魔してしまった。





リトアニアはリネン製品も有名だ。






琥珀もリトアニアの名物。10時開店だった。ちょうど10時だが、あまり時間にマジメではないらしい。


琥珀のお店の横にあるチョコレート屋も10時開店で、ちょうど開いたので入ってみた。


ふつうの写真を撮りたいのに、カメラ・レンズに傷があり、光を干渉させてしまう。


 そういえば、観光案内所で日本語パンフレットももらった。ここで日本語を目にするとは。

琥珀のお店が開いていた。







 歩くと10分も経たずに大聖堂に着いた。



内装はきれいだけど特にすることはない。寒さを若干凌げた。



ここでクリスマスマーケットが11時から始まるらしい。撮影時は、11時まで30分ほどあったが、数店開いていた。

5ユーロ。チョコとお酒。何ていう名前なのかよくわからなかった。


広場から歩いて3分ほどでゲディミナス塔に着いた。
実はこれ、エレベーター。ケーブルカーではないらしい。


白いボタンを押すとエレベーターがやって来る。 自分がガラスに写り込んでた。





塔を登った。

各階にはリトアニア独立に関する写真や映像、また昔の甲冑などが展示されていた。写真は、ソビエト統治下にあったバルト三国で行われたデモ活動の一つ、人間の鎖。今のようなインターネットの時代のない1989年に国境をまたぐ600kmにもわたって人が手を繋ぐ計画、準備はどれほどのものだったのだろう。



塔からの眺め。



寒さと風と論文を反映した表情だ。

塔を降りて、来た道を少し戻り、聖アンナ教会へ向かった。

手書きっぽい白線。愛おしい国だ。



リトアニアでは曜日に数字を当てはめることが多い。月曜日=1で始まる。プログラミングしやすそうだ。


聖アンナ教会
。中に入る扉は重くて開かず、最初は鍵がかかっているのかと思った。そのせいで勘違いし引き返した人もいた。


よくわからない関係者通路から教会を出たのだが、門に鍵がかかっていて敷地を出られなかった。引き返そうとしたが、教会の扉がオートロックで戻れない。車の出入りで門の施錠が外れたときに一緒に出ることができた。

アーティストによる通り。



通りでマーケットが行われていた。


マトリョーシカ。


リトアニア料理のお店を発見したのでランチした。




スープ3.55EUR
ビール1.95EUR


じゃがいもの餃子。3.95EUR.


ランチは三皿で合わせて9.45EURでした。


ヴィルニュス大学

大学の塀がないのか、実はここは大学ではないのか、どこからどこまでが大学かわからない。

ここは大学ではない。昼間でも車はライトつけてる。


KGB博物館へ向かって歩いた。この博物館は、他の観光名所より少し離れたところにあるので、後回しにしていた。

博物館の中。学生の入場料は2ユーロだった。ソ連統治下にあったときの記録が残る。博物館の地下は当時の刑務所だった。わかりにくい写真だが、新しく入ってきた囚人がこの部屋に詰め込まれる。座ることはできない。

拷問の部屋。悲鳴が他の囚人に聞こえないように壁が厚い。

処刑が行われた場。処刑方法はたしかではないが、1950年以降は銃殺だったらしい。

民衆の電話を盗聴していた部屋。

盗撮も多かった。

マークされていた人の記録。共産主義に反する思想の証拠が見つかると、裁判にかけられた。マークは旅行者にも行われた。


博物館の外壁。

写真撮影中の人たちがいた。きれいなドレスだ。

スーパーにて。じゃがいも安い。リトアニアは2015年にユーロを導入したばかりで、まだリタスとユーロが共存している。


大盛堂前の広場に戻った。





たこ焼きみたいだ。フランスのお菓子、マドレーヌだ。

これも写真が暗いのだが、調理用の軍用車。小さな子どもが軍人と働いていた。子どもを支援するチャリティらしい。

2ユーロ。穀物、豚肉、玉ねぎだった。もとは軍のランチらしい。


ペットボトルを演奏してる人がいた。






帰りのワルシャワ行きバスは夜9時発だったが、時間が余ったのでリトアニア料理のレストランを探した。しかし、昼の一件以外、次の一件以外に見つからなかった。

スープ2.1ユーロ

シチュー6.8ユーロ

チーズケーキ2ユーロ

ビール1.95ユーロとあわせて総計12.4ユーロだった。

バスターミナルに着いた。

このバスでワルシャワに向かった。このバスはエストニアのタリンを出発し、ラトビア、リトアニアを経由しポーランドのワルシャワまで向かうのだ。

2日目 (リトアニア, €))
    交通費
        バス14.4 (ワルシャワ行き)
        エレベーター 1.5
        合計 15.9
    食費
        水と春巻き 3.2(売店で買った朝食)
        ショコラティエ 1.9
        リキュール 5
        ランチ 9.45
        夕食 12.4
        合計31.95
    その他
        KGB博物館 2
        合計 2
    合計 49.85 € (6,630円)

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