書評: メタリアン・ウルフ (2008)『プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか? 』(小松淳子訳)インターシフト

今日は2016年の印象に残った本の2冊目を紹介します。読書や言語に関するものです。
・メタリアン・ウルフ (2008)『プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか? 』(小松淳子訳)インターシフト
Maryanne Wolf, Proust and the Squid: The Story and Science of the Reading Brain", 2008
ソクラテスが書物を残さなかったのは、書くことで人は忘れると考えたからだ。この本は読書の神秘を教えてくれる。読むというのは全能的な活動なのだ。人間の脳は読むために進化する。
人間がどのようにして識字能力を発達させてきたか、本を読むとき、いかにして脳を使うかを解き明かす。言語によって脳の使う部位が異なっているのはサピ ア・ウォーフ仮説を示唆するようだ。また、古代シュメール人は読み書きの学校に通っていたことが考古学から明かされる。意味ごとにカテゴライズされた単語 帳まであったそうだ。シュメール人がよく勉強していたのは、彼らの寺子屋で見つかった粘土板によく書かれていた内容からわかる。「そしてまた先生に鞭でぶ たれた」。人間は訓練しないと読み書きができるようにならず、世界には読み書きできない人が多くいるのは、その環境を考えれば驚くことでもないのだ。
さらに、幼少期に母親の膝の上で本を読み聞かされることが、その後の語彙の拡大に決定的な影響をもたらすことも言及される。こうして無知と貧困はデフレ・スパイラルのように繰り返していくのだ。この事実は、次回紹介する本の読み方を変えることにもなる。



--------参考文献--------
・ニコラス・G・カー(2019)「ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること」(篠儀直子訳)青土社
Nicholas Carr, The Shallows: What the Internet Is Doing to Our Brains, 2011
電子書籍と本では、内容が同じでも私達の受け取り方、読み方は全く異なる。電子と紙の対立にモヤモヤとした違和感のある人はぜひ手にとってほしい。マク ルーハンのメディア論が横糸で、脳科学の研究や学説が縦糸となって主張されていく。だから渡邊は今でも紙媒体の本を好む。「プルーストとイカ」は本書中に 紹介されていた。


・ガイ・ドイッチャー(2012)「言語が違えば、世界も違って見えるわけ」(椋田直子訳)インターシフト
Guy Deutscher, Through the Language Glass: Why the World Looks Different in Other Languages, 2011
「言語が違えば思考が違うのか、言語によらず思考は一緒か」この対立の歴史は長い。本書は、その混乱を明かしてくれる。特に、言語や人種による考えの違い を研究してきた歴史――未開部族やアイヌや黒人が登場する――がわかりやすい。ウォーフは「言語が違えば世界が変わる」とバカなことを言っていたとか、 バーリンとケイの色名順序の発見(色彩検定1級で見た人もいるだろう)はガイガーによる研究の再発見であるとか、どの未開部族の言語も欧州言語と同様の複 雑さを持つという主張には一切の根拠がないなど、言語学の失態や俗説がはっきりされるのはおもしろい。また、右や左を使わず全て東西南北で表すオーストラ リアのグーグ・イミディール族、そして山側、谷川、横しかないメキシコのテネハパ族はおもしろく、想像がつかない。飛行機に乗り降りしても東西南北を覚え ているとは、どうなっているのやら。また、ヘブライ語やアフリカの一部に未来形がないから、彼らは未来の概念がないなどということが、いかにおかしな主張 かもわかる。本書は、サピア・ウォーフの仮説を、言語が思考を強制するのでなく、表現を強制するとした修正したボアズ・ヤコブソンの原理を提案する。


・井上京子(1998)「もし「右」や「左」がなかったら―言語人類学への招待」大修館書店
本書も、言語によって方向を示す語彙や頭の使い方が全くことなることを、テネハパ族をはじめ、なじみのない部族でのフィールドワークから解き明かしていく。薄くて読みやすい。

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