大学新入生におすすめしたい本

受験勉強から開放され、大学に入学し、いくらかの自由と時間を手にした学生たちに、少し先に卒業した私からすすめたい本を紹介しました。基準はとても曖昧で主観的に、自分の人生観に影響を及ぼしたと思われるもの、もしくは、人の人生観に影響を及ぼしそうなものです。特に、「何のために生まれてきたのか」という私が生来抱えてきた問いに関わるものが中心です。


R.Dawkins (1976). The Selfish Gene. Oxford University Press

(R.ドーキンス『利己的な遺伝子』(日高敏隆・岸由二・羽田節子・垂水雄二訳), 紀伊國屋書店)

1976年に出版された"The selfish gene"の訳書の増補改訂版です。「何のために生まれてきたのか」に対して初めて答えを手にしたのは、私が弱冠に達する前でした。本書は、遺伝子は後世へと自身を複製しようとするものであり、すべての生物種は遺伝子の箱か車に過ぎないと言います。遺伝子の保存効率から考えると、利他的な行動にも説明がつきます。たとえば、なぜ精子が小さく卵子が大きいのか。なぜ男は多くの女を求めがちで、くらべて女は男選びに慎重なのか。なぜクジャクは派手なのか、天敵に見つからないのか、など。本書の内容については批判もあるし、説明がつかない行動もありますが、当時の私には天啓のようで、その後の数年間、本書によって価値観を大きく影響うけました。この本を受けて、男性が遊ぶのも、女性がお金持ちが好きなのも、進化論的に説明がつくというのだから、当然なんだと思っていたわけです。ちなみに、本書と、適当な「利他性」に関する新書、試験前夜のシケプリの一読で、適応行動論は優とれます。



Friedrich Nietzsche (1891) Thus Spake Zarathustra

(F.ニーチェ(1967)『ツァラトゥストラはこう言った』(氷上英廣訳), 岩波書店)

「人生とは何なのか、生きる意味などあるのか、何を目的に生きればいいのか」と考えたことがある人は多いと思います。ニーチェは、そんな意味とかないから、自分自身で価値を作れよと言います。キリスト教が支配していた時代は、人々はみな、神を信じて、禁欲的に、よく生きようとしました。しかし、キリスト教は、「キツネと酸っぱい葡萄」の論理なのです。それは、弱いことや虐げられることが善いことだとし、価値観を倒錯させました。ニーチェはそのことを暴き、神様などそもそもいないのだから、価値を自ら創造していくことを訴えました。本書は、山に篭っていたツァラトゥストラが山を降りて人々に説教に行く物語です。山を降りようとすると、鷲と蛇がついてきました。桃太郎みたいです。彼の著作はほとんど売れず、ニーチェは自費出版していました。彼もまたブラック・スワンだったのです。本書は当時、誤解を受けていたので、ニーチェはその解説書『善悪の彼岸』を出しました。しかし、それも誤解をうけたので、解説書の解説書『道徳の系譜』を出しました。『道徳の系譜』は読みやすい方です。ちなみに、本書は、ニーチェの恨みや妬みも顔を見せます。自らを無視したアカデミーを批判し、女性が苦手だったので、女性も罵ります。ニーチェ自身も妬みや僻みを乗り越えようとがんばっていたのでしょう。また、『夜と霧』で有名なフランクルも、彼の影響を受けていいます。彼も「人生とは何か」ではなく、「人生が私たちに問うている」のだと、つまり、「自分たちが生まれたこの世界は私に何を求めているのか」と発想を変えて生きることを言いました。

Thomas S. Kuhn (1962) The Structure of Scientific Revolutions. University of Cicago Press

(T.クーン(1971)『科学革命の構造』(中山茂訳), みすず書房)

私がアカデミーへの情熱や信仰を落ち着かせるきっかけになった本です。科学がどのように発展していくかについて書かれています。クーンによれば、科学には異常科学と通常科学があります。通常科学では、まだ解けていない問題をパズルのように、一つ一つ地道に解いていきます。しかし、ある日、どうしても解けない問題にあたります。そのとき、新たな科学や体系が生まれる兆しが見えます。若い天才が登場するようになります。その陣痛のような時期が異常科学です。たとえば、ニュートン力学でスペクトルや電子の運動の説明がつかなくなった頃や、熱素の存在が疑われるようになった頃にあたります。異常科学が新たな科学の体系を作り上げると、また新たに通常科学の時代に入ります。この考え方が自分に育ってから、今おこなわれている科学も、ほとんど手法や考えが体系化されており、科学がパズルを完成させる作業だと思うようになりました。科学の中に見ていた高尚さにどこかへ消え、客観視できるようになりました。

Wermer Heisenberg (1969) Der Teil und das Ganze

(W.K.ハイゼンベルク(1991)『部分と全体―私の生涯の偉大な出会いと対話』(山崎和夫訳), みすず書房)

これから物理を勉強しようと思っている人にすすめたい本です。不確定性原理で有名なハイゼンベルクの自叙伝です。大学で初等数学を学び始めると、量子力学の難解さに驚くと思います。運動方程式は姿を消し、波動関数が出てきて、電子がどこにいるのかもわかりやしない。どう解釈したらいいのかもわからない。電子が波なのか粒子なのかもわからない。あまりにも日頃の常識的な認識と乖離していき、何を計算しているのかわからなくなる。かつての天才も同じだったようです。ハイゼンベルクと、ボーア、アインシュタイン、パウリたちの会話が展開されます。「原子のような目で確認できないものを認識できるのか、そのようなものが物理に従うのか」、「人間に量子の世界が理解できるのか」、「電子が波であって粒子でもあるとは、どういうことなのか」について、語っていきます。彼らも量子力学の解釈に頭を悩ませていたのだと知ると、学生も安心するのではないでしょうか。ハイゼンベルクはプラトンの影響を受けており、まるで対話篇のように章立てされた本書は内容も装いも哲学的な本でした。

 



竹内洋(2003)『教養主義の没落』,中央公論新社

東大の学生は大学に入ると皆まず教養学部に入ります。そこで二年間を過ごし、各々の専攻学部に入ります。本書はその新入生たちにすすめたいです。なぜ昔の学生はデカンショ(デカルト、カント、ショーペンハウアー)、西田幾多郎の『善の研究』など読んでいたのか、それはアメリカのリベラル・アーツと違うのか、なぜ教養主義が消えたのかを知ると自分のいるところが、どのようなところかが見えてくると思います。教養主義の時代には岩波書店が文化装置として機能していました。しかし、旧帝大文学部に多く入学していた刻苦勉励の農村が激減したことや、就職先が旧帝大や官僚だけではなくなり、ただのサラリーマン予備軍になったりしたことから、教養主義は消えていきました。

 

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