北海道までマガンのねぐら立ちを観に行った - 第1章 回転寿司のネタがでかかった

北海道までマガンのねぐら立ちを観に行った - 第1章 回転寿司のネタがでかかった


  

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ゴールデンウィークに名古屋と北海道へ行った。北海道はユダヤ人の友人に会いに、北海道では鳥に会いに行った。本記事は鳥に会いに行ったときのことを書いた。

4/30朝-4/31朝 名古屋
5/1朝-5/5朝 札幌

4/31
名古屋にいた。30日の夜をセントレア国際空港で一夜を明かして、31日の朝の便に乗って札幌に向かう予定だったが、飲みすぎて電車で眠り込んでしまい、起きたら知らないところにいた。西尾駅というところだった。何もないところだった。いや、何もないというのは嘘で、レストランとカラオケだけはあった。

夜中にたどりついたカラオケ。豪華だ。カクテルも飲み放題だった。さすが、名古屋。

とりあえずカラオケに入って歌っていたものの、調べてみると始発では飛行機に間に合わないことが判明し、タクシーで空港に向かった。一万円以上かかって旅行の早々から痛い出費だった。さらに、酔っている間にキャッシュカードを落としてしまったので、現金は持っているだけとなった。旅行の難易度がさっそく上がった。

空港で仮眠し、飛行機にギリギリ間に合い、新千歳空港に到着した。新千歳空港にはらーめんが立ち並んでいる。一幻というお店はエビラーメンの評価が高い。甲殻類が好きな人にはたまらないものだろう。非常においしかった。新宿や東京にも店舗があるが、エビの鮮度や味は違うかもしれない。




 札幌の時計台を見ると、札幌に着いたのだという実感がこみ上げてくる。時計台の前は広場になっている。子どもが走り、カップルがベンチが散歩し、老夫婦がベンチに腰掛けていた。札幌は町並みがきれいに区画整理されており、ニューヨークのようになっている。北一条東一丁目のように住所が定められており、基準点は東西を走る大通りと、南北に抜ける創成川だ。それらを境にして住所の南北と東西が決められている。ニューヨークでも、南北に抜ける道がavenue, 東西を抜ける道がstreetと呼ばれている。高級路面店で賑わうニューヨーク五番街というのは、5th avenueのことだ。

街宣車が元気よく進んでいた。昼はカフェでブログの執筆やコーディングなどをしていた。夕方はせっかくなので札幌の名物を食べようと思い、スープカレーへ行くことにした。札幌はスープカレーが有名だ。スープカレーが始まったのは札幌のことだ。実は、札幌とカレーは縁が深い。はりきって来日したクラーク博士が札幌農学校にいたころ、彼は日本ではまだ珍しかった玉ねぎ、じゃがいも、人参の栽培を、アメリカ的な近代的農業のやり方で始めた。それは後にカレーの三種の神器と呼ばれるものになった。ただ、札幌農学校とカレーに関する史料は乏しい。札幌農学校(現北海道大学)の公式サイトには、「QA クラーク博士とカレーライスについて」 という項目があり、回答がなされている。そこでは、
恵迪寮史(昭和8年刊行)には、「札幌農学校・札幌女学校等はパン、洋食をもって常食と定め、東京より札幌移転の時も男女学生分小麦粉七万三千斤を用意し米はライスカレーの外には用いるを禁じた位である」

とあり、札幌農学校でカレーが常食されていたことが伺える。


スープカレーの有名店はいくつかあるが、そのうち、どのまとめサイトにも載っているGARAKUへやってきた。開店のころに来たが、その日は開店が一時間遅れていた。しかし、すでに待っている人たちが列を作り始めていた。私も本を読みながら並ぶことにした。

スープカレーはおいしかったが、特に際立った何かがあるわけでもなく、この程度おいしいものなら他のスープカレーのお店でも味わえそうだった。何か偶発的なきっかけで有名店になったのかもしれない。

食べ終わるころには外は暗くなっていた。


5/1

この日は旅行で疲れていたので昼下がりまで寝ていた。夕方、札幌駅ビルにある回転寿司「花まる」へやってきた。札幌の回転寿司は、東京の回転寿司とは格が違う。とにかく、ネタが新鮮で、大きい。また、料金も都内のチェーンの回転寿司とは違うが、食べれば納得がいく。








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