シドニーマラソン出ました I ran Sydney Marathon 2017

9月17日に2017 Sydney Running Festivalに出場しました。
https://www.sydneyrunningfestival.com.au/




私が出場した初めてのマラソンで、初めてのフルマラソンでした。完走タイムは4h40です。よく聞かれるのですが、航空券は往復で10万円でした。ベトナム航空で来た人は往復で約5万円だそうです。これは航空券比較サイトではヒットしないので、気が付きませんでした。

マラソンに出ようと思ったのは、5月に北海道のド田舎を3時間歩いたことや、山手線を一周歩いたり富士登山したことがきっかけでした。どうせ出るなら、海外に行こうと思い、近い日付で開催される予定だったシドニーマラソンにエントリーしました。

シドニーに住んでいる友人に日本酒の樽を羽田空港で買っていきました。約3000円。しかしながら、友人は香港に行っていて、会えなかったので、宿泊先のホステルの方々と飲みました。

空港のつけ麺。

機内食

16日朝、約10時間のフライトを経てシドニー着きました。まずは予約していたホステルへ移動したあと、大会のゼッケンを引き取りました。





 受付確認の用紙を東京に忘れてきたので心配でしたが、日本事務局の方々がシドニーに来ており、名簿から確認してくれました。




今回の宿泊に使ったのは Westend Backpackersというゲストハウス。ラウンジは声の大きいDQN的な人たちが多く、うるさかった。Little Thaiにあったので、まわりはタイ料理屋ばかりだった。

ポーランドから来ているカップルと話した。シドニーに来て数か月で、ようやく仕事がっ見つかりそうだとのこと。二人ともエンジニアだが、どんな仕事でもがんばると話していた。ポーランドよりもシドニーの方が生活や給料はよい。ただ、家賃は高く、毎週5万円とかすると話していた。オーストラリア人ですら家賃が高いからシェアハウスをする国なのだ。




 
シドニーに留学しているのか何なのか忘れた韓国人と、何をしているのか何人なのかもわからない男性。

英語を学ぶために韓国を飛び出し、仕事探し中の女の子。

17日、大会当日の朝。







最初はどんどん人々を追い抜き、3:15の ペースキーパーの人すら抜いた。しかし、10kmを過ぎたあたりから、特にハーフを過ぎたあたりから、どんどんペースが落ちた。周りの人間がペースを落とさずに走り続けているのが信じられない気持ちになった。25km, 35kmのところでひどい肉離れを起こし、走るのが困難になった。足を引きずることもあった。

一度、先頭の人たちとすれ違う瞬間があった。彼らはタイムを見ると私の二倍の速さで走っていた。先頭は、平均して100mを30秒のペースで42.195kmを走る続けていることになる。6人ほどがものすごい形相と信じられない速さで競っており、そのうち5人は同じユニフォームを着た黒人だった。大会の結果を見返すと、おそらくエチオピアやケニアだろう。もう1人は日本人だった。その6人ほどの後ろを、別の黒人たちが非常に辛そうに置いて行かれないようにしようと走っていた。私もゴールしたときにわかったことで、驚いたことに、優勝は日本人だった。

走っているときに頭に響くのは、オリンピック憲章の
「より速く、より高く、より強く」
という言葉。あとは、ベトナム戦争時のナパーム弾から逃げる女の子や、出エジプトで一生懸命逃げたであろうユダヤ人たちを思い浮かべると、たかだか数十キロで泣き言を言っていられないという気持ちになりました。

ゴールした










走り終わったあとは、休憩し、完走メダルやTシャツを受け取った。マッサージのサービスがあったので、お願いした。朝に預けていた荷物をとり、 大会のサービスにある食事を食べたあと、ホステルに帰った。足をひどく痛めていた。

翌日、お昼はステーキを食べた。

これで2000円しない価格。

また、試しにラーメン屋さんに入ったが、店員は日本人で、味は日本のラーメンと変わらない品質を保っていた。




Darling Harbour

 中華街があった。




 奥のお粥の店に入った。
 店の人に話を聞くと、ここにチャイナタウンがあるのは、1900年ごろに中国人が大量に移民としてやってきて作られたかららしい。また、シドニーの中華は、現地民向けに甘口に寄っているとのこと。
 

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