外資系IT大企業を辞めてスタートアップへ転職し、そして無職になったこと


思いきって仕事をやめたが何とかなっている。



仕事 - 大企業からスタートアップへ移籍し、そして無職になったこと

仕事では転換の多い一年間であった。新卒で入社した外資系IT大企業を一年半で辞めた。教育系ITスタートアップに引きぬかれたからだ。しかし、そのスタートアップは二ヶ月で辞めた。仕事の仕方がうまくつかめず、そのために他のエンジニアとの関係にもヒビが入ったからだ。

外資系IT大企業に入って、典型的なエリート・サクセス・コースを歩んでしまった私は、その旧態依然とした安定感に対し、閉塞感や退屈を覚えていた。最新のstatusをupdateしていた私のLinkedInには毎日のようにどこかの人事や転職エージェントから連絡がきていたが、多くはまるでspamのようだったので、気に留めることはなかった。ある日、教育系ITスタートアップの創業者から丁寧な連絡がきて、会ってみることにした。二週間ほど悩み、他の従業員とも会い、小さい会社ながら、名前入のTシャツまで土産に渡され、教育に関するビジョンにも共感し、転職を決めた。給料は下がるようだったが、ストック・オプションがもらえれば億万長者になる可能性もあるらしく、我慢できた。

入社してから二ヶ月ほど経った、ある日の仕事中、午後4時頃、唐突に創業者のうち二人に呼びだされ、オフィス近くのカフェへ向かった。重い雰囲気だった。ひょっとしたら、仕事の成果が芳しく無いため怒られるのだろうかと思った。しかし、耳に入ってきたのは、僕の予想を遥かに上回る言葉だった。カフェに到着すると、創業者は、私がその日の朝のミーティングに5分ほど遅刻したことや(通常、他にも10分位以上遅刻する人がいて、会議は時間通りに始まらない)、日頃の仕事ぶりに満足いかないことなどを詰られ、もう一緒にやっていく気がないし、辞めたほうが君のためだと宣告した。事実上の解雇通知だった。私は、「やめません」と言えば辞めないで済んだのだろうが、そこで働き続けても、それから毎日、差別的な眼差しを向けられ、大変居心地の悪い思いをすること、無言の圧力を受けることはわかっていた。すでに、それまでの一ヶ月間ほど、他のエンジニアと昼食をとるとき、自分は蚊帳の外であることが多かった。昼食時の団欒で私が何か発言しても、皆、まともにとりあわなかった。僕の言葉は、人の肉体から発生させられたというより、どこか特別な空間から声が響き、彼らはその音を拾って会話を続けてるようだった。私のことに感心が向けられることはなかった。パソコンや鍵は、カフェを出た後、すぐ返却した。その日を最後に、退職の挨拶もせず、僕は会社から静かに消えた。



スタートアップで勤務を始める前の、一年半通勤した大企業で、仕事上の振る舞い方や仕事の仕方を身に着けつけていた。しかし、それはスタートアップでは通用しづらいものでだった。大企業には、マンパワーや予算の体力がある。仕事のスピードが人それぞれ違って、カメの遅さで仕事をする人がいても、それをカバーする余力があり、体制が整っている。そこでは、私は与えられた任務に限定して、集中して、丁寧にやり遂げていた。

しかし、スタートアップでは、自分の役割やできることを早々に明確にし、そして目の前の仕事にどれだけ時間を割いてよいのかを間違えないようにし、時間がかかりそうであれば、ソースコードはある程度ダサくてもいいから済ませないといけない。チーム全体で何を抱えているかも、常に把握していることが求められた。自分のタスクだけ把握していればよいというわけではなかった。また、求められるレベルも非常に高かった。そして、大企業との文化的ギャップを埋められず、スタートアップでの働き方がよくわからないまま、二ヶ月で事実上の追放となった。CTO曰く、「一つ一つの小さなミスは、この会社の誰もが犯すような小さなものだった。それをペイするために、積極的に仕事に取り組もうとしている姿勢も伝わるのだが、それでも遂に信用貯金の底がついてしまった。」

このような「大企業からスタートアップへの転職で失敗」体験談はよくあるものらしい。「ストック・オプション」、「IPO」などを夢みて、熟考したうえでの英断したものの、夢をみる時間すらあっという間だった例は数多い。その体験談は、検索すれば、枚挙に暇がないほどヒットする。私の場合も、同様だった。憧れるのはエンジニア系の起業家だった。たとえば、"HARD THINGS"を著したホロヴィッツや、Blogger, Twitter, mediumを連続的に創業したエヴァン・ウィリアムズ、人類火星移住計画や、約1,000km/hで人間を移動するカプセル式の次世代交通システム、Hyperloop Projectなどに携わるイーロン・マスクだ。



とにかく、私は行くオフィスがなくなった。たいして実力もないのに、自分を買いかぶった罰だったのだろうか。採用をミスると、不幸になるのは雇った側だけじゃない。雇った側も、雇われた側も、他の従業員も不幸になる。しかし、それは本当に不幸と切り捨てていいものなのだろうか。幸せとか、不幸とか、そういった価値判断は、常に曖昧なものだ。見方を変えれば、何だって幸せなものになるし、不幸なものになる。そういった価値判断の呪縛から逃れることは、上手に生き抜くためのコツかもしれない。仏教でも、そういった単純な価値判断に囚われるなと言う。突然の失業で、不安や心配もあった。カフェで1時間ほど過ごす間、「辞めます」と一言、それを言うまでの間、不安や心配ごとでいっぱいだった。「家を解約したほうがいいのだろうか」、「エンジニア以外のバイトをさっさと始めるべきだろうか」。しかし、いったん退職を決心してしまうと、気持ちは晴れやかだった。

仕事を辞めた僕は、ワクワクしていた。ますます、まともではない人生を歩み始めたような気がした。大学の同級生は、大企業に入るか、霞が関に行くか、研究員として残っていた。そのような人生を歩むのはやめなければならないという気がしていた。大企業からベンチャー企業にうつり、大企業におんぶに抱っこの梯子を降りたが、それはそれで、まだありきたりのような気がして、納得していなかった。ありきたりの人生、他の人と似た人生では、自分の人生を生きている気がしないと、読者は思わないだろうか。

ブライアン・クリスチャンによる「機械より人間らしくなれるか?: AIとの対話が、人間でいることの意味を教えてくれる」(2015)という本では、チューリング・テストの大会がある。チューtリング・テストとは、チャットしていて、相手が機械だと気が付かなければ、より人間らしいとするテストだ。大会では、審査員は、チャットしている相手が機械か人間なのか知らされていない。その大会では、より人間を騙して、自身を人間だと思わせたチャットボットが優勝する。筆者はその大会の審査員だった。その本の中では、チャット・ボットも、ナンパも、チェスも、人間の人生も同じだと言う。チャット・ボットも、ナンパは、最初は典型的な"How are you?"の挨拶から始まり、自分らしい楽しい会話をして相手を楽しませ、最後はやはり"See you, bye"と挨拶をして帰る。チェスや将棋も、最初は定石通りに駒を動かすが、中盤になると、もはや定石では片付けられない、考えさせられる、機械であっても処理の大変な局面が続く。そして、終盤になると、チェックメイトや、王手までは定石が続く。人間の人生も同じだ。最初は、人と変わらない平凡な生活をし、学校に通ったりする。しかし、他の人と同じようなことをしている限り、それだけ自分らしさなんて失われてしまうのだ。自分らしい人生を歩むには、どこかで特別なこと、他の人が歩んでないような生き方をしないといけない。そして、死ぬときはみんな似たようなものだ。細かい点は本の内容と相違するかもしれないが、おおまかには以上のようなことを読み取った。そして、自分も自分らしい人生を歩むために、大企業に勤務とか、ベンチャーにうつるとか言っている場合ではないような気がしていたのだ。そんなところで退職というのは、むしろ私には吉報のような気がした。人間万事塞翁が馬。



仕事を辞めて「東大卒ニート」という肩書を手に入れ、どうなったか。フレンチやワインバーでバイトしようとか、エンジニアのバイトでもしようかとか、転職エージェントに連絡をとろうかとか考えた。またオフィス通いする生活はごめんだった。どこかに雇われる気には全くならなかった。しかし、まだ、自分で会社を創業する勇気はなかった。自分から投稿することのあまりないfacebookに、無職になったと報告をした。すると、10人ほどから連絡をいただいた。「大企業ですが、うちでよかったら働きませんか」、「会社おこしたけどエンジニア足りないから助けにきて」、「一緒に会社やろう」、「仕事ないけどうちおいで」など。今は、彼らと一通り会った。スタートアップを経営している友人には、僕のいたスタートアップは給料が低すぎ、ストック・オプションの話も眉唾で、騙されていたのではないかとも言われた。もし、そうであったら、そのような搾取から逃れることができただけでも、退職は幸せだったと言える。今は、いくつかプロジェクトを立ち上げて開発を続けている、また、辞めたスタートアップの創業者の友人がエンジニア探していたらしく、一緒にプロジェクトを立ち上げている。外資系IT大企業の同期の友人には、今でも助けてもらっており、よくPull Requestをもらっている。

どうなることかと思ったが、レールを逸れても、周りのおかげで何とか生きていっている。

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